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東京高等裁判所 昭和46年(う)3050号 判決

被告人 中村俊昭 外一三名

主文

本件各控訴を棄却する。

理由

本件各控訴の趣意は、弁護人南木武輝、同渡辺千古が連名で提出した控訴趣意書に記載されたとおりであり、これに対する答弁は、東京高等検察庁検事安西温が提出した答弁書に記載されたとおりであるから、それぞれこれを引用する。

一  控訴趣意第一について

所論は、要するに、原判決は原判示事実認定の資料として被告人福島及び同西津その他の革マル派学生の検察官に対する各供述調書を掲げているけれども、これらの検察官調書は、いずれも右被告人らその他の革マル派学生を現行犯人ではないのに現行犯人として違法に逮捕し、この違法な逮捕を前提とする違法な勾留中に作成されたもので、違法収集証拠として証拠能力を欠き、また、黙秘権の侵害、利益誘導、脅迫、偽計によりないしは弁護人選任権及び防禦権を侵害する違法不当な取調のもとで作成された任意性を欠くものであつて、原判決にはこの点において判決に影響を及ぼすことが明らかな訴訟手続の法令違反がある、というのである。

そこで所論の当否につき検討を加えると、原判決が、「弁護人の主張に対する判断」の項において、被告人福島及び西津その他の革マル派学生らに対して昭和四四年九月六日午前六時四五分ころになされた逮捕は現行犯人として逮捕することができない者を現行犯人として逮捕した違法があり、逮捕が違法である場合には、その逮捕中にこれを前提としてなされた検察官の勾留請求は不適法として却下すべきものであるとしながら、勾留に関する処分を担当する裁判官がいつたん適式な手続を経て勾留請求が適法であり勾留の要件があると判断し、勾留状を発付した以上、逮捕の違法は当然には勾留の効力に影響を及ぼさないものと解するのが相当であり、本件において裁判官が適式な手続を経ないで勾留状を発布したことを認めるに足りる証拠はないから、本件各勾留状は、裁判官が適式な手続を経て、勾留請求が適法であり勾留の要件があると判断して発布したものと認めるべきであり、かつこれを無効とするような特殊な事情が存在したことは何ら認められないとして、右学生らに対する各勾留は、違法な逮捕を前提とするものではあるが、それ自体は有効であると解すべきであると説示していることは所論のとおりであるところ、原判決が右学生らに対する逮捕(以下「本件逮捕」という。)を違法であると判断した所以のものは、本件逮捕の時点において原判示の早稲田大学文学部構内に多数の火炎びん等の兇器が配備されており、かつ多数の革マル派学生らが集合していたことは認められるとしながらも、兇器準備集合罪における共同加害の目的があるとするためには、右革マル派学生らにおいて全共闘学生らによる襲撃の現実的可能性を予測して、これを迎撃する意図を有していたことを要するとし、本件逮捕当日の午前零時ころ以降本件逮捕の時点に至るまでの間においては右革マル系学生らに他人の身体等に対する右のような共同加害の目的があつたとは証拠上認められないため、本件逮捕の時点において右学生らが現に兇器準備集合の罪を行ない又は行ない終つたものでないことが明らかであるとしたことによるものであることは判文に徴し明白である。従つて、本件各勾留の前提となる本件逮捕が違法であることが判明したのは原審の公判段階において勾留請求当時に比しより多くの証拠が取り調べられた結果得られた事後的な判断によるものであつて、記録によれば、本件勾留請求を受けた裁判官は、本件逮捕及び右勾留請求が適法であり勾留の要件があると判断して、その権限に基づき、本件各勾留状を発布したものと推認することができ、かつ、本件各勾留状を無効とするような事情が存したことは記録上何ら認められない。なお、付言すると、記録によれば、本件各勾留状の被疑事実は本件逮捕の時点における兇器準備集合の事実だけでなく、これに先立つ昭和四四年九月三日ころ以降本件逮捕の時点に至るまでの間にわたる兇器準備集合の事実を内容とするものであつたことが窺えるから、原判示のように、同月五日午後八時ころないし午後九時ころ以降本件逮捕当日の午前零時ころまでの間における兇器準備集合罪の成立することが肯定される以上、前記のような本件逮捕の違法が本件各勾留の効力に当然には影響を及ぼすものとはいい難い。もとより、違法な逮捕を前提とする勾留請求により勾留状が発布された後においても、公訴提起前の段階においては、刑事訴訟法第四二九条第三項、第四二〇条第三項の規定にかかわらず、準抗告の手続において現に罪を行ない又は行ない終つたものではないことを主張して勾留の裁判の取消を求めることができると解するのが相当であつて、勾留の裁判は、これを当然無効とすべき特殊の事情がある場合は格別、準抗告の手続により取り消されない限り、その有効性を否定されるべきいわれはないというべきである。従つて、本件各勾留が違法であることを前提として所論の各検察官調書を違法収集証拠であるとする主張は失当で採用できない。

また、原審における証人矢吹謹吾、同林誠作、同臼井喜一郎、同今井直之、同町田中男、同田辺嘉幸、同高野次夫の各供述ならびに原判決挙示の被告人福島、同西津その他の革マル派学生らの各検察官調書の記載内容自体等に徴すると、右各検察官調書が所論のような任意性に疑いを生じさせるような事情のもとで作成されたものではないことが明らかであり、なお記録および証拠物を精査しまた当審における事実取調の結果を勘案しても、右各検察官調書の任意性に疑いをさしはさませるような証跡を発見することはできない。原判決がこれら検察官調書の証拠能力を肯定したのは相当であつて、そこには何の不当もない。

以上のとおりであつて、原判決には何ら所論のような判決に影響を及ぼすことが明らかな訴訟手続の法令違反はなく論旨は理由がない。

二  控訴趣意第二について

所論は、ひつきよう、原判決は、被告人杉浦について昭和四四年九月二日及び同月五日の兇器準備結集罪、その余の被告人らについてそれぞれ同日の兇器準備集合罪を認定しこれらを有罪としているが、各被告人らについては同罪にいう共同加害の目的はなかつたのであり、また、被告人杉浦については兇器準備結集罪にいう「集合サセタ」事実は存せず、更に被告人中村、同浜田、同宮本、同和田、同藤田、同田中及び同白石については同被告人らが原判示の日時場所において原判示兇器の準備があることを知つて原判示の革マル派学生らの集団に加わつて集合した事実はないから、原判決には全被告人について証拠の取捨選択ないし評価を誤り、ひいては事実を誤認し、被告人杉浦については兇器準備結集罪の成否に関し法令の解釈適用を誤つた違法があり、これらの誤りが判決に影響を及ぼすことは明らかである、というのである。

しかしながら、原判決が掲げている関係諸証拠を総合考察すると、原判示各事実は、被告人杉浦において、原判示の昭和四四年九月二日午後六時ころ及び同月五日午後八時ころ反帝学評派等の全共闘系学生らが早稲田大学文学部を襲撃して来た際にはこれを迎撃して右学生らに対し、多数の革マル派学生らと共同して火炎びん投てき、投石、殴打などによりその身体等に害を加える目的をもつて、原判示のような指示、呼びかけ、火炎びんの投てき方法の指導、兇器の配備、緊急防衛隊の編成等をして原判示の革マル派学生らを集合させたとの点及びその余の被告人らにおいて、原判示の同月五日午後八時ころないし午後九時ころ以降同月六日午前零時ころまでの間前記のような共同加害の目的をもつて原判示の兇器の準備があることを知つて原判示の革マル派学生らの集団に加わつて集合したとの点をも含め、すべて十分にこれを肯認することができる。すなわち、

(一)  原判決が「犯行に至る経緯」として認定しているように、早稲田大学において革マル派学生と反帝学評派を主とする全共闘系学生との間の対立抗争が激化し、両派の対立が緊張の度を加えていつた推移、革マル派学生において反帝学評派等全共闘系学生らの襲撃に備えて特別行動隊などと称する部隊を編成し、同大学文学部の正門及び構内各所のバリケードを強化するとともに多数のコンクリート塊等を配置した経緯及び状況、反帝学評派等全共闘系学生の同月二日より同月五日に至る動向及び行動状況は記録に徴し明らかなところであつて、原判決挙示の諸証拠により認められる原判示第一、(一)の革マル派学生らの集合の経緯、被告人杉浦の原判示防衛隊における地位、同被告人の同学生らに対する任務分担の指示、行動方針の呼びかけ、火炎びん投てき方法の指導内容ならびに兇器配備の状況、バリケード等補強の経緯及び状況、原判示第一、(二)の革マル派学生らの集合の経緯、被告人杉浦の原判示緊急防衛隊における地位、同被告人の同学生らに対する行動方針の指示、同学生らの取つた迎撃体制の状況及び兇器配備の状況等をも考え合わせると、被告人杉浦において原判示のような共同加害の目的を有していたこと及び右目的をもつて原判示革マル派学生らの集合体が形成されるについて主導的役割を演じたことを十分に肯認することができ、原判決が被告人杉浦に対し原判示の二個の兇器準備結集罪を認定したことについて所論のような事実誤認又は法令解釈適用の誤りがあるとは認められない。なお、原判決が被告人杉浦について原判示第一、(一)の兇器準備結集罪の成立を認めるにあたり、反帝学評派等の全共闘系学生らが早稲田大学文学部構内にいる革マル派学生らに攻撃を加える具体的な可能性が存在したことを明示していないことは所論のとおりであるけれども、兇器準備結集罪ないし兇器準備集合罪における共同加害の目的があるというためには、本件に則していえば、反帝学評派等全共闘系学生らが早稲田大学文学部を襲撃して来た際にはこれを迎撃し、右学生らに対し多数の革マル派学生らと共同して火炎びん投てき、投石、殴打などの加害行為を実現する具体的な可能性があれば足りるというべきであつて、加害目的をもつてする集合行為自体に公共の危険を認めてこれを処罰しようとするこれらの罪の目的、性格に徴すると、たとえ加害の対象である右全共闘系学生らの襲撃が不確定的な状況にあつたとしても、同罪の成立を妨げるものではないと解するのが相当であり、原判決が原判示第一、(一)の兇器準備結集罪の成立を認めるにあたり、全共闘系学生らにおいて革マル派に対する対決の姿勢を顕示するため約五〇名の遊撃部隊を編成し、同部隊により早稲田大学文学部を襲撃することが決定されたとしたうえ、被告人杉浦において右襲撃の動きがあることを察知し、右学生らが同大学文学部を襲撃して来た際には、これを迎撃し、右学生らに対し多数の革マル派学生らと共同して火炎びん投てき、投石、殴打などによりその身体等に害を加える目的を有していたとしていることは判文上明らかであつて、右共同加害の目的において前記のような加害行為実現の具体的可能性があつたことは証拠上否定することができないところであるから、原判決の右事実認定に所論のような事実の誤認があるということはできない。

(二)  また、原判決挙示の諸証拠により認められる昭和四四年九月五日当時に至るまでの反帝学評派等全共闘系学生と革マル派学生との対立抗争の経緯、経過及び態様、原判示の全国全共闘結成大会における行動指示その他のアツピール(例えば、「早大奪還」、「革マル粉砕」等)の内容及び同大会終了後における全共闘系学生らの行動状況、同月五日夜までに早稲田大学文学部構内において開催された各集会において提起された行動方針、同日開催されたいわゆる全学連政治集会終了後になされたデモの際のシユプレヒコールの内容(例えば、「全国全共闘のデツチ上げ大会粉砕」等)、同集会終了前後において全共闘系学生らの集団が早稲田大学文学部周辺地域に進出して来たことが伝えられた際の同大学文学部構内における革マル派学生による原判示緊急防衛隊編成の状況、見張り及び兇器配備の状況、石塊等の兇器使用に関する指示の状況等に徴すると、被告人杉浦を除くその余の被告人らにおいて、全共闘系学生らの前記のような進出状況を察知し、同学生らが早稲田大学文学部を襲撃して来た際にはこれを迎撃し、右学生らに対し共同して投石等による加害行為を実現する具体的な可能性があつたことは明らかであり、原判決が原判示第二において右被告人らについて原判示のような共同加害の目的を認定したことに所論のような事実の誤認があるということはできず、所論のような前記全学連政治集会開催の経緯、警察部隊による全共闘系学生らに対する規制及び警備の状況も、右共同加害の目的の存在を肯認する妨げとなるものではない。

(三)  更に、原判決挙示の関係諸証拠によれば、被告人中村、同宮本、同浜田、同和田において昭和四四年九月五日午後八時ころから同月六日午前零時ころまでの間、同田中、同白石、同藤田において同月五日午後九時ころから同月六日午前零時ころまでの間、早稲田大学文学部構内において、原判示の共同加害の目的をもつて、原判示の兇器の準備があることを知つて、原判示革マル派学生らの集団に加わつて集合した事実は十分にこれを肯認することができるところであつて、所論に添う各被告人の原審及び当審公判廷における各供述は前記(一)及び(二)に説示した諸般の状況に徴し直ちに信用し難く、また記録及び証拠物を精査し、当審における事実取調の結果を検討しても、原判決のこの認定を左右するに足る証拠はない。

(四)  以上のとおりであつて、原判決には何ら所論のような違法や事実誤認のかどはなく、論旨は理由がない。

三  そこで、刑事訴訟法第三九六条により本件各控訴を棄却し、同法第一八一条第一項但書に則り当審における訴訟費用は被告人に負担させないこととして、主文のとおり判決する。

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